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高知地方裁判所 昭和35年(行)14号 判決 1963年4月01日

原告 浜崎寿賀子 外一四九名

被告 高知県

主文

原告らの請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者の申立

(原告ら)

被告は原告らに対し、それぞれ別表請求金額欄記載の金員、およびこれに対する昭和三四年一一月一七日から右完済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決ならびに仮執行の宣言。

(被告)

主文と同旨の判決。

第二、当事者の主張

(原告らの請求原因ならびに被告の抗弁に対する答弁)

一、原告らは、いずれも別表勤務校名欄記載のとおり高知県下の公立学校に勤務する者であるが、その給与は、市町村立学校職員給与負担法第一条により、被告が負担することになつていて、毎月一六日に被告から当月分の支払がなされることになつている。

二、被告は、原告らに対し、昭和三四年一一月分の給与を同月一六日に支払うにあたり、原告らの給与から別表請求金額欄記載の金額をそれぞれ減額して支払い、今日まで右減額分の支払をしない。

三、よつて原告らは被告に対し、それぞれ別表請求金額欄記載の金額、およびこれに対する支払日の翌日である昭和三四年一一月一七日から右完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

四、原告らが昭和三四年一〇月五日に欠勤したこと及び被告主張の原告浜崎寿賀子ら三七名については、同年一一月分の給与が同月一六日にそれぞれ全額支払われていることは認めるが、原告らが被告主張の戻入を了承したとの事実は否認し、原告らが右欠勤についてその服務監督者の承認を受けなかつたとの点は争う。原告らは、昭和三四年一〇月五日付有給休暇の請求をなして、適法に休暇をとつてその結果勤務しなかつたものである。従つて、高知県公立学校職員の給与に関する条例第一七条は適用できないものである。また被告主張の戻入手続は、一旦給与全額を支払つて、被支払者から現実に返還を受けるのとは異なり、実際上被告が一方的に昭和三四年一一月分の原告らの給与から差引いて残額を支給したものであるから、実質的には相殺以外の何ものでもない。そして、かかる相殺は労働基準法第二四条第一項に違反し許されないものである。被告主張の相殺契約の事実は否認し、高知県公立学校職員の給与に関する条例が労働基準法第二四条第一項但書の法令に該当するとの点は争う。

(被告の請求原因に対する答弁ならびに抗弁)

一、請求原因第一項の事実は認める。

二、被告は原告らに対し、原告主張の各金額を昭和三四年一一月分の給与から差引いて支払つたのであるが、以下の事実により一一月分の給与は全額支払つたものというべきである。すなわち、原告らは、いずれもその所属する校長または当該町村教育委員会の服務監督に服するものであるところ、昭和三四年一〇月五日右の服務監督者の承認を受けることなく、所謂勤評反対の統一行動に参加して同日勤務しなかつたものである。従つて被告は、原告らに対して同月分の給与を支払う際に、高知県公立学校職員の給与に関する条例第一七条の「職員が勤務しないときは、その勤務しないことにつき所属する機関の長の承認があつた場合を除く外、その勤務しない一時間当りの給与額を減額した給与を支給する。」との規定ならびに同条例第一九条にもとづき、右欠勤分に相当する別表請求金額欄記載の金額を同月分の給与から減額して支払うべきであつたが、右の欠勤者が原告らを含めて多数にのぼり、被告は各町村教育委員会に対してその調査方を指示し、該指示を受けた各教育委員会はその調査を遂げて被告に報告し、被告はさらに該報告を精査して給与減額の対象となる無断欠勤者を確定したので、これに長時間を要し、そのため同月分の給与から減額することが不可能となり、結局同月分の給与は全額支払つたので、右減額すべき金額は過払となつた。そこで、被告は、同年一一月分の給与からの減額をすることなく、同月一六日には同月分の給与を全額支払い、同時に高知県会計規則第二三条第二項の「歳出の戻入については、戻入命令書及び返納告知書により収入に関する取扱の例によらなければならない。」との規定により右過払分の返還を求めることとし、原告森川義弘、竹内惣徳、森下迪子、明神茂彦、池田治道、権野健三郎、島岡みえ、津野常明、小松美栄喜、松本善女、入江美佐子、箕浦弘子、平井千恵子、大原満利子、西脇昌子、橋詰千登世、川上芳彦、野村幹夫、渋田信行、弘石みきよ、中内富代、吉井真知子、関田昭子、尾崎揚太郎、田村精子、大原温子の二六名については、各町村教育長から各学校長に対し、同月一六日に支払うべき同月分の給与から右減額分を戻入せしめたいので、その旨右原告らに伝達し、これについて了承を得るよう事前に文書を以て通知し、各学校長から右原告らに対し右の趣旨を告知せしめた後、同月一六日の同月分の給与の支払日にも、さらに各教育長から右原告らに対し右減額分の戻入について説明し、それぞれ了承を得たうえで、同日各支払額から右減額分を差引いて支払い、その後被告が右差引いた金額について戻入手続をなしたものであり、その余の原告ら(但し、後記の同年一二月期末勤勉手当から右の差引きをなした原告らを除く。)については、同年一一月一六日の同月分の給与支払日に各教育長から同原告らに対し右減額分の戻入について説明したが、何らの異議もなく全員了承のうえ、右同様の差引きと戻入手続をなしたものである。よつて被告は、右の原告らに対しては同年一一月分の給与は全額支払つているものである。そして、原告浜崎寿賀子、結城正秋、中村美和、土居英夫、笹岡久子、隅田良策、松崎加津、中山千代香、田中秀夫、田岡[喬力]、堀地清満、高橋史、黒川喜代志、古味寿恵、竹本源治、坂本九郎、細川義親、能勢忠臣、山崎清、川上哲夫、川上菊子、横畠康秀、田村謙一郎、西川徳喜、勝賀瀬基子、橋本鹿寿夫、三本久子、近藤嘉男、畠山登志子、畠山金富、山本忠智、中島慶、山村美恵、片田花、中島敬子、岡田加奈子、高橋譲の三七名については、昭和三四年一一月分の給与から差引きをなさず、同年一二月期末勤勉手当から右差引きをなしたものである。

三、仮りに右が理由なしとするも、前記差引きは、原告らと被告との相殺契約にもとづくものである(前記浜崎寿賀子外三六名は除く)。すなわち、前記の過払により被告は原告らに対してその返還請求権を有し、原告らは被告に対し昭和三四年一一月分の給与支払請求権を有するところ、同月一六日原告らと各教育長との間に互いに対当額で右双方の債権を消滅させる旨の合意が成立し、被告は該合意にもとづいて前記差引きをなしたものである。

四、仮りに右も理由なく被告の前記差引きが相殺であるとしても、労働基準法第二四条第一項本文に違反しない。同条は賃金債権の相殺を一切禁止したものではない。すなわち、同法第一七条において賃金債権との相殺を禁止しているのは労働することを条件とする債権についてであつて、労働することを条件としない債権についてまで相殺を禁止しているものとは解されない。従つて、同法第二四条第一項本文は労働することを条件としない債権と賃金債権との相殺までも禁止しているものとは解されない。従つて被告の前記相殺は同条項本文に違反するものではない。このことは、労働基準局通達(昭和二三年九月一四日基発第一、三五七号)の「ストライキ等のため過払となつた前月分の賃金を当月分の賃金で清算する程度は賃金それ自体の計算に関するものであるから本条違反とならない。」とする同条項の解釈からも首肯し得るところである。

五、仮りに右も理由なしとするも、地方公務員法第二四条第六項により制定された高知県公立学校職員の給与に関する条例第一七条は、労働基準法第二四条第一項但書の「法令」に該当するものであるから、同条項自体により前記被告の相殺は許されているものである。

第三、証拠関係<省略>

理由

一、原告らが、いずれも別表勤務校名欄記載のように高知県下の公立学校に勤務するもので、その給与は、市町村立学校職員給与負担法第一条により、被告が負担し、毎月一六日に当月分の支払がなされることになつていることは当事者間に争がない。

二、被告が、原告浜崎寿賀子、結城正秋、中村美和、土居英夫、笹岡久子、隅田良策、松崎加津、中山千代香、田中秀夫、田岡[喬力]、堀地清満、高橋史、黒川喜代志、古味寿恵、竹本源治、坂本九郎、細川義親、能勢忠臣、山崎清、川上哲夫、川上菊子、横畠康秀、田村謙一郎、西川徳喜、勝賀瀬基子、橋本鹿寿夫、三本久子、近藤嘉男、畠山登志子、畠山金富、山本忠智、中島慶、山村美恵、片田花、中島敬子、岡田加奈子、高橋譲の三七名に対しては、昭和三四年一一月分の給与全額を同月一六日にそれぞれ支払つていることは当事者間に争がない。そうすると、以上三七名の原告らの本訴請求は既にこの点において理由がないので、爾余の点について判断するまでもなく失当として棄却すべきものである。

三、そこで、以下その余の原告らの本訴請求について判断を進める。原告らが、昭和三四年一〇月五日勤務しなかつたことは原告らの認めるところであり、被告が翌一一月一六日支払の同月分の給与から、右一日分である別表請求金額欄記載の金額を差引いて支払つたことは被告の認めるところで、右は高知県公立学校職員の給与に関する条例第一七条の「職員が勤務しないときは、その勤務しないことにつき、所属する機関の長の承認があつた場合を除く外、その勤務しない一時間当りの給与額を減額した給与を支給する。」との規定ならびに同条例第一九条により右減額分を減額して支払つたものであることはいずれも原告らの明らかに争わないところであつて自白したものとみなすべく、右原告らの欠勤について原告らがその所属する機関の長の承認を受けたことはこれを認めるに足りる証拠がない。被告は被告の右減額とその減額分についての戻入に原告らが承諾していたものであるから、結局同年一一月分の給与は全額の支払をしたものであるというけれども、一日分を差引いて支払つたものである以上、その差引、戻入手続について原告らの承諾があつたと否とを問わず、全額支払つたといえないことは論を俟たず、主張自体理由がない。

四、被告は、前記減額は、原告らと被告との間の相殺契約にもとづくものであると主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。もつとも、成立に争のない乙第一号証の一ないし三五、証人中越努、戸梶国治の各証言中には、右の被告の主張に副うかのような記載ないし供述があるが、未だ以て右被告の主張を肯認するに足りない。よつて、右の被告の主張も採用のかぎりでない。

五、そうすると、前記被告の減額は、被告の原告らに対して有する昭和三四年一〇月五日分の給与の返還請求権を自働債権とし、原告らの被告に対して有する同年一一月分の給与支払請求権を受働債権とする相殺というべきである。よつて右相殺の適否につき按ずるに、地方公務員法第五八条第二項により地方公務員に適用される労働基準法第二四条第一項は、同項但書において除外される場合の外は、賃金は、通貨で直接労働者に、その全額を支払わなければならない、旨規定し、これにより労働者の生存権を保障することを目的とするものであるから一応使用者は労働者に対して有する債権を以て賃金債権との相殺をなすことが許されない趣旨を包含するものと解すべきである。もつとも、相殺の禁止については、同法第一七条の規定が存するが、同条は、従前屡々行われた前借金と賃金債権との相殺が、著しく労働者の基本的人権を侵害するものであるから、これを特に明示的に禁止したものと解するを相当とし、同法第二四条の規定があるからといつて同法第一七条の規定が無用の規定となるものではなく、また同法第一七条の規定があるからといつて、同法第二四条の趣旨を前記のように解することに何ら妨げとなるものではない(最高裁判所昭和三六年五月三一日大法廷判決、同裁判所判例集第一五巻第五号一四八二頁以下)。そこでさらに同法第二四条第一項が、同条項但書の場合を除くの外本件の如き相殺をも絶対的に禁止するものであるかについて検討するに、もとより同法条の前記立法趣旨、同条第一項但書に例外規定を設けた趣旨に照らし、これを厳格に適用すべきは当然であるが、本件のように、前月分の過払賃金の返還債権を以て当月分の賃金債権と相殺する如きは、賃金相互間の調整ないしは清算としての意味を有し、従つて当該賃金相互を通じてみれば、結果において全額払をなしたのと異らず、同じく相殺であつても賃金とは無関係な他の債権を以てする相殺とは実質的に異る。かかる相殺にして上記のように給与の清算調整の実を失わない程度に合理的に接着した時期においてなされ、かつ相殺額にして労働者の経済生活をおびやかす結果とならない場合は、前記法意に照らしこれを禁止すべき理由はないのみならず、むしろこれを許すことが却つて使用者のみならず労働者にとつても便利である。原告主張のように、かかる相殺をも一律に禁止すべしとなすのは法規の形式にとらわれた解釈であつて同法条の律意とは解されない。

右の結論は、同じく労働者である船員について適用される船員法第三五条が、船舶所有者の船員に対して有する債権でも三分の一をこえないかぎり賃金との相殺を許しているところからも是認することができる。そして、右の相殺額については、民法第五一〇条、民事訴訟法第六一八条第二項の制限に服し、その時期については、労働者が相殺されることを予期し得ないような長期間を経たような場合には許されないものと解するを相当とする。そこで、本件についてこれをみるに、相殺額については、別表請求金額欄記載の金額で同年一〇月五日の一日分の給与に相応する額であること、相殺の時期については、前記過払後の最初の給与支払日である同年一一月一六日であることから被告の本件相殺は労働基準法第二四条第一項本文に違反しない適法なものというべきである。そして、本件相殺の意思表示は、同年一一月分の給与を原告らが受領した際に、それぞれ原告らに到達したものと解するを相当とする。

六、以上の次第であるから、被告が高知県公立学校職員の給与に関する条例第一七条、第一九条による給与の減額分について前記のようになした本件相殺は適法で、原告らの本訴請求債権はこれによつて消滅し、被告にその支払義務はないものというべきである。よつて、原告らの本訴請求は、爾余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないので失当として棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 合田得太郎 広岡得一郎 渡辺昭)

(別紙目録、別表省略)

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